フィルタリングという認知行為

無料レンタル・フォト日記「ヤプース!」では、自傷行為に関する日記や写真は、禁止 http://yapeus.com/faq/#50 だ、そーだ。

ここの禁止事項は、個人情報が特定できるような内容/公序良俗に反するものと言う大きな2点に別けられてて、その禁止理由として「子供&18歳未満」への配慮ということらしー。でー、自傷行為の他には、「風俗的内容」だとか「入れ墨」「汚物」もダメという。
さるさる日記http://www.diary.ne.jp/ にはフィルタリングがかかってて、スラング的な文言が入ってると ERROR になるという。
こうした無料公開システムは、誰がナニをupするかわからない。そうした未知のトラブルへのコストは大変。だったら、最初っから禁止しちゃえ。というトコなんだろーな。それでブーたれるんなら、使わなくて結構。それでもどーしてもupしたいんなら自己責任で自力構築セイ、てなコトなんでしょうね。
その道筋はわからないまでもない。ただ、そうしたことの過程で、くしくも、「自傷」そのものでなくて「自傷を見せ付ける(におわす)」なんてのが、はっきり「他人に迷惑をおよぼす行為」=他者攻撃だというカテゴリーにかっきりと入ったことか。
ココロ的にはいろいろな嗜僻は数あれど、自分を人質にとった「死にたい」連中、自虐自慢てぇのが、一番やっかいでウザいオレ様であったのはたしか。古典的には、そーゆーのは四畳半でうじうじとしてるのが常だったんだけど、そうした四畳半が、ネットで繋がって表面に出てきたことによる「不快感」なんだろうな。

しかし、そうしたうじうじとした自虐的快感を味わってきた死にたい側は、「そういうのダメ」とか「そういうこともアリ」とかいとも簡単にアッサリと存在認知/判断されてしまうってことにもなる。そしたら、自虐でもナンでもなくなっちゃう。そうしたうじうじとした(=判断未定な自分)という自虐の中に自分の特権的アイデンティティを見出したのが、ネットという巨大データベースの前には「凡庸/ありがち」という塵埃的マス=同類項の中で、アッという間に漂白されてしまうというそのことは、どーなんだろう?
そんなのはオマエ一人だけぢゃないという自己客観性をおびて、立ち直る?って道筋もあるだろうけど、多くはきっとそんなことにはならない。ならなくて、でも自らを賭けて迄もアイデンティティを欲してやまないココロは、そんなコトではおさまりゃせん。今更、元の四畳半にも戻れず、その自ら発見したパワー=攻撃をもってして、こんどはドコにいくのか。。。
なんだか、とっても、憂鬱。
ココロの植民地主義
http://hizzz.hp.infoseek.co.jp/d&f/13_txt.html