生活収支から見えてくる時代変遷

他人の生活と収支というのは、下世話なことではあるだけに最も興味をソソられるネタ。で、それをのぞき見するのはなんといっても家計簿である。
前にもカキコしたが、古くは加賀藩の武士・猪山家の家計簿から一家と付き合うその周囲の幕末社会変動の乗り切り悲喜こもごも(天保13(1842)年〜明治12(1879)年、約37年間)を読んだ『武士の家計簿』なんていうのがある。この猪山家というのは藩の御算用者=経理なのであるが、江戸と地元の2重生活で出金がかさんで借金生活となったのの整理の為につけ始められたという。猪山家は、出金が入金の2倍になっているのであるが、当時の武士としてはそれは珍しいことではなかったという。廃藩となり基本収入が途絶えても、借金は「御一新」とはならない武士達の生き残り=立身出世は、そりゃもうど根性(涙)。
中村隆英『家計簿からみた近代日本生活史』は、明治後期から昭和の終わりまで20年以上つけられた家計簿25件を基に生活の様子をさぐる。明治18年から1980年代の100年間に、日本の消費水準はほぼ12倍(年率2.5%)。これを敷衍して中村は、大正デモクラシー下は社会階層の差が大きく、生活内容も都市においても職業階層によって判然と区別された社会だとする。その戦前型が変貌しはじめるのは、昭和恐慌〜満州事変〜日中戦争へとつづく1930年代にみる。農産物価格が半分に下落した29〜30年の農村では、平均所得も半落。都市に於いても小商いの商人・職人が減収に苦しんだが、失業せずに済んだ給料生活者や労働者は、名目所得下落とはいえ実質所得は増加した。…あぁたしかに世相は現在と似てるような。。。この後、30年代後半の景気回復と共に、ラジオ&映画というマスメディアの全国への普及は、「都市生活」スタイルを全国に拡散させるのに貢献したと著者はいう。
戦後昭和20年代後半は、戦前への復興期であり、昭和30年代にはその戦前型生活様式から衣食住全てに渡っての決別が「戦前型の生活に郷愁を抱く世代から、何の未練もない世代への世代交代」あったと指摘する。和装→洋服(既製)、和食→パン・洋食、木造住宅→アパート・団地の急速な普及である。
このとき普及した電化製品の三種の神器、冷蔵庫・洗濯機・テレビなんであるが、その3つの内いちばん最初に普及したのはどれかというと、、、洗濯機。高価にもかかわらず需要がのび、朝鮮戦争期間中は製造工場で材料不足が生じるほどだったとか。しかし現在の暮らしで考えると、1人暮らしを中心に洗濯機をもたない者が多いんであるが、何故か。。。その答えはぬぁなんと戦中体験にあると、鈴木淳日本の近代 15 新技術の社会誌』 はいう。戦争中兵隊は皆自分で手洗いしてた。かってない程国民洗濯経験率?が増えたことによって、性別関係なく洗濯の大変さ→洗濯機の便利さが一番理解できたと。あはははは。
id:hizzz:20070323#p3では、「ミーハーとサブカル消費文化」ということで60年代以降の生活様式の変遷をカキコしたが、生活スタイルの変遷とはこのようにひとつの文化を生み出す重要な背景インフラとなっているのである。

家計簿の友の戦前生活

生活収支といへば、家計簿。家計簿といへば、『主婦の友』。婦人雑誌と生活変遷はid:hizzz:20080215#p1でカキコした通り、『主婦の友』最終刊号が出た。そこに91年間のダイジェストが別冊付録としてついてきた。発行者の石川武美は、読者層を「中流の下」と想定していたといわれる。
1918年「物価高騰難に際して我が家の安価生活法」、19年「家事の傍ら従事する中流主婦の内職実践」、10年「再婚男子の求る理想の妻」、22年「嫁より姑への要求・姑より嫁への要求」などの定番のほかにデモクラシーのかおり漂うこんな記事が、10年「軍備廃止は全人類の幸福」、22年「普通選挙と婦人の参政権尾崎行雄。んで、そんなデモクラシーなご婦人への良人からの注文。

良人から若き妻への注文20ケ条
・笑談の一つぐらいは言って貰いたい
・いつも晴れやかな顔を見せてほしい
・子供を泣かせぬようにしてほしい
・愚痴や不平を夫の前で言わぬように
・子供を病気させぬようにしてほしい
・少しぐらいはおしゃれもしてほしい
・家の内をだらしなくせぬように
・帰宅の時は直ぐ出迎えに出るように
・出来ることなら毎日違った料理を
・呼ばれたときには気持ちのよい返事を
・子供のために夫の事を忘れぬように
・家計が不如意でもクヨクヨせぬ事
・親戚や友人の事を得意ぶらぬこと
・小説以外にも眼を通してほしい
・夫の前で新流行の話はやめてほしい
・秘密無しで何でも打ち明けてほしい
・家をあけて出廻ることの無いように
・どこまでも夫を信頼してほしい
・叱られた時は口返答をせぬよう
・夫の顔色で心の底を読むように

(しょっちゅう読まれてしまっている)オレの「心」でなく、「心の底」を読め。でも、妻の心はさっぱり読めないから、「秘密無しで」お願ひ。但し「愚痴や不平」抜きの「晴れやかな顔」で。って、晴れやかに妻の本心を宣告された日にわ、、、いや、実に、こあいあぢわい深いですなぁ。
なにしろ創刊号で新渡戸稲造が『夫の意気地なしを嘆く妻へ』で「世の中には意気地のない男子が少なくありません。」とカキコ。新渡戸に依れば、「今日のように生活が困難となり、生存競争がはげしくなると、一家の幸不幸は一に夫なる者の能不能によって岐れるのであるから、このことについて煩悶するのは無理もない」とゆーことらしい。で、「男には女に分らぬ長所があるものだ」と一旦嫁して妻となった上は、「意気地ないのも病気と思い」「天から与えられた使命と観念」して意気地ある妻の道を説いたが、とわいえ媒体は大正デモクラシー・女権運動の新婦人雑誌(創刊号では三角錫子が「安価で建てた便利な家」を執筆)、個人の人柄を栓査せぬ縁談で決めてしまう結婚方法にちょこっと疑問のリップサービス
「小説以外にも目を通してほしい」とは、「女学校時代にはかなり読書好きだといわれた者も一旦嫁して主婦となれば、もはや書物には御用がない。たまたま読んでもこれは多く小説類で、知識を啓発するようなものは吸いくない」という理由。野溝七生子山梔』のように、小説を読むような女は蔑視されてたのである。
さてでは、んな良人選びの秘訣とわ、、、

良人選択の秘訣百ケ条
第一条 愛人必ずしも良人として理想的と限らず
第二条 遠慮気兼ねのいる人を良人として選ぶ勿れ
第三条 無造作に結婚を申込む男子を信ずる勿れ
第四条 気の毒だからとて同情的に結婚すべからず
第五条 脛かじりの独立不能の男と結婚する勿れ
第六条 苦労しらずの坊ちゃんと結婚するべからず
第七条 露骨に愛を訴える男子に油断する勿れ
第八条 キザな男子を良人として選択すべからず
第九条 ネクタイに凝る男は浮気者の証拠である
第十条 贈り物で関心を買う男子を信用すべからす

と、20条に対して100条の注文(毎号10コづつ掲載された連載物)、「結婚は夢幻の世界でない。現実である。職分である。」と女も負けちゃあいねえ。「この道を誤れば、人間一生の失敗となります。ただし一生のみではない。子々孫々のための失敗となります。」なんだとー。なんだか漱石『明暗』の世界がうかんできた。>id:hizzz:20050311
そんなデモクラシーぶりも、昭和の波をがっつりかぶって、43年「勝ち抜く国民生活」で、「決戦貯蓄生活」加賀興宣閣下、「決戦衣生活」岸信介閣下、「決戦食生活」山崎達之輔閣下という東條内閣:大蔵・商工・農林大臣直筆3本立てで、戦時下節制と勤労を呼びかける記事に。
皇国トンデモ本化した『主婦の友』 虚構の皇国
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo01.htm
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo02.htm
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo03.htm
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo05.htm
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo17.htm

ローアーミドルの家計バランスは、有無をいわさず、ひたすら地道

若者の炸裂する趣味の消費生活はid:hizzz:20070401#p3で見たとおり、赤字収支が半分以上だったりする。『主婦の友』最終刊号の特集記事も「年間あと30万貯蓄アップ家計診断」でござる。ま、いきあたりばったりな生活してると、なにか不慮の事が起きると途端に生活が立ち行かなくなるのは、頭ではわかってはいるんだがね〜。ファイナンシャルプランナー中村芳子がバランス家計シートをこしらえている。

月 収  18万   20万   22万   24万   26万   28万   30万   32万 
 家 賃  25 4.50 5.00 5.50 6.00 6.50 7.00 7.50 8.00
 食 費  12 2.16 2.40 2.64 2.88 3.12 3.36 3.60 3.84
夫小遣い 10 1.80 2.00 2.20 2.40 2.60 2.80 3.00 3.20
ガソリン代 5 0.90 1.00 1.10 1.20 1.30 1.40 1.50 1.60
生命保険料 5 0.90 1.00 1.10 1.20 1.30 1.40 1.50 1.60
 電話代  5 0.90 1.00 1.10 1.20 1.30 1.40 1.50 1.60
 重点費  10 1.80 2.00 2.20 2.40 2.60 2.80 3.00 3.20
 貯 蓄  10 1.80 2.00 2.20 2.40 2.60 2.80 3.00 3.20

(%以外単位は万円)
いろぉんな意味で、うわぁー。。。。月手取り18万だと、年収260万位でボーナス付くところで300万超える位かな。つくづく、生活は、ぢみちな努力からだ。お昼を500円程度でやりすごす「ワンコイン亭主」というのが家計上ありうるのが、立証されてる(涙)。荻原博子に依ると、ますますきびしくなる状況を乗り越えるためにぜひ身につけてほしいのは「自分は自分といえる強い精神力。」だと。「大切なもののために、何かを捨てる勇気を」ドコを〆るかって、、、そりゃあ680円もする雑誌なんか、おちおち買ってられないよなぁ(苦笑)*1。後は精神力つーことで、「勝ち抜く国民生活」は、今も活きてる。あうう。尚、雑誌廃刊後も新年特大号附録の家計簿だけは、単発で今秋出版される予定となっている。
総務省から発表された家計調査によると、3月の2人以上の世帯の消費支出は1世帯当たり312,565円。前年同月比実質1.6%の減少。前月比(季節調整値)実質2.2%の減少。うち勤労者世帯の実収入は、前年同月比実質0.6%の増加だという。
家計調査 総務省統計局
http://www.stat.go.jp/data/kakei/index2.htm
金融広報中央委員会「みんなの家計簿」
http://www.shiruporuto.jp/tool/clinic/kakeibo/index.html

前近代は「我々はその過去において、万能であってしかるべき正解をもっている」というかなり恣意的な歴史を前提にして、丸い小さなお盆の上の、完結した「私たち」を実現させて行く。つまり、「私たち」という一体感は、「その過去に正解があった」とする前近代のものだということになる。
近代は、「自分の頭で考える」である。「答えは過去にある」の前近代は、それに対して、「考えられる立場の人に考えてもらう」なのである。だからなんなのか?

橋本治いま私たちが考えるべきこと

*1:ベネッセの主婦サイトhttp://women.benesse.ne.jp/などの成功例に見るように、ネットにニーズが移行していくのかも。