セックスコンシャス

「女、女」っていってたって、〈男〉は、〈女〉という欲望のカタチになった「特別な〈男〉」=自分の下半身の男性器が好みなんで、その男性器の欲望を満たしてくれるモンを必要とするダケなんで。〈女〉なんかホントは好きぢゃないのだ。だからオナペットが「アタシってアンタにとっていったいナニ」とかいーはじめると、あーメンドクサイと大抵は逃げごしになる。(*注)まーぶっちゃけていえば、〈男〉とは〈男〉が大好きな人のこと。同質なホモソーシャルってそーゆーコトだし。だけど、その「特別なアタシ」という自己愛争奪戦をすると、果てのない最終戦争に突入するから同質社会はブッこわれる。したから、その欲望はあえて女性という他者に負わせるカタチで外部化し、外部化したからあとは争奪のハテに相手がコワれよーがどーしよーが、なにしろ自分とはカンケーない他者なモンで、たまに聖女とか娼婦とかいっておだてて後は知らんフリ、勝手にヤレ。正し、絶対に〈男〉社会に刃向かわないトコで。「特別なアタシ」が好きなアタシに自覚的なゲイが、馴合うのはOKだが「特別なアタシ」を〈公〉にするのを禁忌とする〈男〉社会に於て非常に嫌悪されるのも、そゆコトかも。接してモラさずが大原則。同類項共同体ってのはそういうオキテがある。そうして自分達の「安全」を築いてきたのは事実だろう。
ゲイ程に自覚的になれず、しかし幼児的全能感は保持しておきたいオレ様が、その〈男〉社会内で好かれる=承認を得るには、〈女〉ライクな不思議戦略を採る男性連中も出てくる。それは不思議とは言わず「ツッパリ」「トンガリキッズ」「お子茶魔」といった「反抗=青春」路線で〈男〉社会としては「まー若い内はバカでしょうがないか」てな暴走する下半身の「愛嬌」という許容の仕方だが、これも実績ないままにいつまでもやってるとただのバカで恥ずかしいことには変わりがない。現状のラクをいつも選択してしまう故、そのバカ構造から脱出できない多くのガキ路線を選択した不思議男性がコジレ系に直行するのも、これまた不思議女性と同じである。不思議というのは、素のままのオレ様で〈男〉社会に承認を得ようとする媚び芸としてのハリボテであるからだ。
注:そーか、ホンネを言えば〈男〉を支配出来るのかとここで思うのは短絡で、「透明なアタシ」なフリをした不思議に本音を吐かせそのフリという高見から引き摺り下ろす「特別なアタシ」という優越快感に夢中になるオレ様だったりするので、〈男〉の欲望から逃れたことにはならない。