生煮え

え、なんかかんかカキコしてるワタクシはどーだったかって?幼稚園に入園1ヶ月目でちょっち園外に出てあちこち行った末に自宅に戻った処、園長&担任がいてなにやら大騒ぎしていた。園は自宅から電車で3駅程先にあり、通常はスクールバスでぐるぐる1時間程回って通園していたのであるが、園側でドコ探してもいないということで青くなって自宅に来て警察に捜索願いをだそうというその時、えへらへらしたワタクシがノンキに帰ってきたのである。そして脱走理由はナゼか「母親が恋しいから」つーことになってしまった。いやぁそれは断じてナイが、といって園とか担任の先生すご〜くヤだったってことでもない。むしろ入園は、口うるさい母親から離れられて嬉しかったことのほうが大きかったかな。動機はちょっち園から家までの道を探索してみたかったにすぎない。しかし、哀しいかな3歳児、そんな園脱走理由を説明・納得させられんかったのら。また大人達は、そぉんな動機は彼等の幼児行動規範の範疇にはないので、動機として絶対に納得しないのである。ちっ。。。
ワタクシ的には別に迷子になった訳でもなく、ちゃあんと自宅に帰ってきたんだから、勝手に出てったのはアレかもしんないけど、まーいーぢゃんとおもうのだが、以降問題児扱いされ継続的監視対象となる。「預かり保護」する園としては困るのか。まーそれ以降、園からは抜け出さないまでも、たまぁ〜に蒸発して警察沙汰とかの騒ぎになるんだけどねー。「お前なんか家の子ぢゃない!」って激高して家から締め出されたからさ。ぬぁんでも子供は、そうやって締出すと「ごめんなさい」って必死に泣いてあやまるのがフツーらしい。しかしワタクシは「わぁ〜い、やった〜!これでつまんない説教延々聞かなくて済んで、好きなことが出来る」と喜び勇んでドッカいって帰ってこないのだ。しかし自分の気がすんだら、1日たたないでちゃんと帰ってくる。別に1日位メシ食わなくとも死にはしないしね。周囲は「子供はこう」って思い込んでないで、いい加減このワタクシの単純さを個別把握しろよ、同じ失敗を続ける大人ってヘンだなっていつも思ってた。だから、反省なんか絶対しない。だってさー「でてけ」っていったのは、親なんだしぃ。といって、別に「わかってくれない」と親を恨む感情は当時も今もマジない。価値観の違いがあるだけなんでね。「お前はちがう」「ヘン」とあんまり小さい頃からいわれすぎて、「ああ、そーか、他人と自分は違うんだ」って体感納得して、その中で生きてく為に「違ってあたり前」と身体化=アイデンティファイしちゃったのかな。あははは。
ともかく以来、同調強要する教育機関&団体行動はどうにも肌に合わなくて、付合いは最小限になった。どうも自分のフツーは周囲のフツーと違っているが、周囲は周囲のフツーに合わせるのが正統で正義で善意だという共同体コンセンサスがあり、ならば反抗する(理解してもらう)手間ひまかける自己時間がもったいないと小学校高学年位で意識的になる。そして学校&家庭以外の場を積極的に開拓しにでかけた。外見がしゃべらなければ大学生に間違われることが多かった(まさにヒネこびた小学生)ので年を偽ってバイトにはげんだ。家出するにしても先立つものはカネだしね。そして生きていく為には、学校や家庭が推奨することよりも、いろいろな手段があることをさまざまな人の生態から、文章でなく五感で学んだ。*1なので学校や家庭でなぐられたり説教されたりヤなことあっても全てハイハイハイって流す流す、学校生活維持に必要な最低限だけ稼働するぬえのような奴に徹する。といってハゲしい児童虐待とかイジメを経験したってことではないが、まーこんな煮ても焼いてもくえない態度だったもんで、当然学校教育はなじまない。家庭での「でてけ!」が効かないんだから、同調共同体いじめの本質「ハブにする」なんかワタクシにはてんで通用しない。やられてても、気にならないかなー。そんなこんなで必然的にやりたいトコだけ勝手にやる自己流に。同調共同体しかなくてそこに同調して理解されなくても、そんなことを低速でやりくりしながら生きてはいけるのよ。*2まー、なんだかんだいっても学校社会=〈私〉的共同体を必要としてた尾崎豊的感性からは程遠いのさ〜。*3えへへ。

*1:メーテルリンクの童話ぢゃないけど、結局、自分が腹くくってしまえばドコだって居場所となる、自分がそうするんだっつーこと。

*2:無論、万人に推奨できるやり方ではない

*3:世代も違うしな