多様性と共生

「人間開発の視点が求めるのは、根拠なく伝統を維持することを支持したり、文明の衝突は不可避であると世界に警鐘を鳴らしたりすることではなく、文化の領域における自由の重要性、また人々が享受できる文化の自由を擁護し拡大させる方法に関心を向けることなのである。」と第一章で記すアマルチア・センが加わった国連の人間開発報告書では、世界の様々な文化/政治実態を敷衍し多様性にまつわる神話の原則とそれへの反論を纏めている。

神話:その1
人々の民族的アイデンティティと国家への帰属(attachment)は競合する。したがって、多様性の認識と国家統一の間には二律背反(trade off)の関係にある。
事実: いずれの国も、国家統一と文化的多様性のいずれかを選択する必要はない。個人は、国籍のほかに、民族性、言語、宗教、人種など、補完し合う複数のアイデンティティを持つことが可能であり、実際にもっている。また、アイデンティティゼロサムゲームでもない。国家統一と文化的差異の認識のどちらかを必ず選択しなければならないということはない。

神話:その2
民族集団は、価値観の衝突から互いに暴力的紛争を起こしやすい。したがって、多様性の尊重と平和の維持とは二律背反の関係にある。
事実: 実証的証拠によると、文化的差異や、価値観をめぐる衝突が、武力紛争の根本的原因であることは稀である。

神話:その3
文化の自由のためには伝統的慣行を守ることが必要である。したがって、文化的多様性の認識と、開発、民主主義、人権の前進の間に二律背反の関係が存在する可能性がある。
事実: 文化の自由とは、個人の選択の拡大にかかわるものであって、伝統に無批判に盲従し、価値観や慣行を維持することを本来の目的そのものとするものではない。文化は、価値観と慣行の硬直した組み合わせではない。女性が教育を受ける平等の権利といった、人権と平等の機会を否定する口実にはなり得ない。

神話:その4
多民族国家は、相対的に発展する能力が低い。したがって、多様性の尊重と開発の推進との間には二律背反の関係が存在する。
事実: 文化的多様性が開発を遅らせるという証拠はない。1970年から90年までの間に世界で10位の経済成長を遂げたマレーシアは、多文化国家でありながら、経済的成功も収めた一例である。同国の人口は、マレー人が62%、中国人が30%、インド人が8%で構成されている。

神話:その5
文化の中には、ほかの文化よりも堅実で、起業家精神に富んでいるものもあれば、そうでないものもある。また、民主的価値観をもっているものもあれば、もっていないものもある。したがって、特定の文化を受け入れることと、開発および民主主義を推進させることの間には二律背反の関係が存在する。
事実: 文化と、経済的発展あるいは民主主義との間の因果関係を示すような証拠は存在しない。経済成長率を説明するにあたっては、国家政策、地理、疾病状況といった要因がきわめて密接に関連していることがわかっている。その一方で、ヒンドゥー教社会か、イスラム教社会か、キリスト教社会かといった宗教的指標は、統計的に重要でないこともわかっている。それと同様に、イスラムは民主主義と相容れないという、西欧社会でよく言われる見方は、今日では世界のイスラム教徒の大半が、民主的統治下の社会で生活しているという事実に矛盾している。

国連開発計画(UNDP)「文化の自由は人間開発に不可欠である」
http://www.undp.or.jp/hdr/global/2004/hdr2004jsum01.shtml

国連開発計画『人間開発報告書〈2004〉この多様な世界で文化の自由を』ASIN:4906352510
「人間開発報告書2004」の概要
http://www.undp.or.jp/publications/pdf/undp_hdr2004.pdf

そもそも「〈私〉=アイデンティティ=〈公〉」という三位一体ダンゴにするから、他者異者との共生ルールという〈私〉と〈公〉多層レイヤー方法論が組み立てられないということである。政治(システム)を美学(文化)化するナショナリズムだろーが、美学を政治化するマルクス主義だろーが、20世紀の歴史が証明した通り、それは全体主義への道。id:hizzz:20040411 id:hizzz:20040424
思想信条の自由をこの多様性世界にさぐるならば、それはアイデンティティや理念/信仰といった「理性の正しい使用に対する責任の共有@教皇ベネディクト16世」のような自己原理の正統性を他者を周縁として使って補強=拡大政治するような原理の立て方ではなく、「共有理解を目的とした理性の標準的使用に対する我々宗教者の責任」という風な原理の使い方の問題なのではないか。そしてそれを常に意識することが、自己原理に反する他者異者への外部回路となって共生了解への模索が開けるのではないだろうか。id:hizzz:20050815 id:hizzz:20060103