主体なきモダン

説明されてきた近〜現代のモダン変容図式が、どーにここーにも掘れば掘る程、日本の近代文化史実に合わない「ご都合主義」にしかおもえないので、さんざんカキコしてきたように、「絶対神と主体なきモダン成就」という当の西欧的常識では在り得ないアクロバット的客体をめざす矛盾なんだろうなと、ぼんやりとワタクシ考えてた。が、さっくりとひとくさり解析してくれている著書に出会った。

ポストモダニズム」ということで列挙されている特性は、近代日本においては日常茶飯の事柄である。近代日本の知識人が求めた近代化とは、こうしたポストモダン状況をモダンの方向に向け直す努力のことであった。プレモダン→モダン→ポストモダンという進化形式を日本に直接当てはめることはできない。明治維新以前を大ざっぱにプレモダンと概括すれば、そのあとに続くのは鹿鳴館に象徴されるポストモダン的状況である。モダンがあるとすればそのあとである。
モダンを目指す明治100年以来の努力も、モダンが一時代を画せるほどまでに徹底できたわけではない。日本が西欧にキャッチアップしたと欧米の知識人に認められた1970年代は、日本の近代化がいわば頂点に登り詰めた時期といえるが、その時点は同時にポストモダン論の受容され始めた時期でもある。…近代日本においてモダンの制覇を語ることができるとすれば、それはたかだか思想・理念のレベルにおいてのみである。
明治100年の間で変わったのは、現実ではなく、そうした現実に対する評価である。
西欧においては、ホストモダンは、モダンの自己展開の結果もたらされたものとすれば、日本では、モダンをオリジナルなコンテクストから移し替える中で生じている。…非西欧圏では、ホストモダンは西欧からのモダンの移転によって生み出される、社会全体に関わるひとつの型と見なされるべきである。
(和魂洋才的)ハイブリットモダンは、非西欧圏の近代化の中でもたらされるものであるにしろ、「近代化論」の枠組みでそれを適切に処理することはできない。というのも近代化理論は、ものごとの変化を時間軸上に並べて理解する解釈図式だからである。文化の空間移動の問題を扱うのを得意とするのがグローバリゼーションの論理である。モダン変容のなかで、ハイブリットゼーションの問題が決定的に重要になるのは、社会変動のパラダイムがモダーニゼーションからグローバリゼーションへとシフトしたことの1つの効果に他ならない。
西欧と非西欧との遭遇が、強制と従属によって果される時代が帝国主義とすれば、選択と受容をモティーフに敢行されるようになるのがグローバリゼーションの時代であろう。
グローバリゼーションという過程を、土着主義にアクセントをつけて理解するのが「ポスト・コロミアズム」だとすれば、西欧で最初に生まれたモダンに着目して理解しようとするのが「ハイブリットモダン」論である。ポストコロニアリズムとハイブリットモダンの両者に通底しているのは「異種混合としてのグローバリゼーション」という見方である。植民地化されることなく近代化に成功した近代日本は「異種混合としてのグローバリゼーション」を端的に示す最初の事例といえるだろう。

厚東洋輔『モダニティの社会学―ポストモダンからグローバリゼーションへ

さて近代では、人々の個性を抑圧するのではなく、自己実現を許し・促進するような集団が好まれ、合意や契約が守られることを前提として「アソシエーション」が組まれる。そのアソシエーションの対極をなすのがコミュニティという集団類型であり、それは共同性・共属感情を核として集団としての一体性(アイデンティティ)が生成すると著者は見る。アソシエーションは、社会の異質化を推し進め分化させてく力をもち、人々が多様で個性的な存在となるように促すがコミュニティは、社会の同質化を促進し、人々の心の中に、仲間意識・我々意識を植え付け連帯強化させ力であり、近代社会は両方の微秒なバランスの上に成立している。
西欧社会でその2つの原理をつないでいるのは、個の「契約」観念に基づいた公衆なのだが、、、非西洋の都市では、アソシエーション形成する中で共同・同質化されて完結しようとする忖度と慮りの関係性のタコ壺に入って社会化されることがない「私人」。大抵はアソシエーション内で、情報/価値観/アイデンティティ全ての共有をごっちゃにして求めるコミュニケーションを目指して閉じており=村、アソシエーションの外へのコミュニティ形成に向けたコミュニケーションという考えはまるでない。ので外社会に向けては、まったくの「私的」な利害が「あたし」人間解放なマンマ相互に果てしなく対立・抗争し合っているか、毒を燃料としてあちこちでバーストしまくる者のケアで周囲疲弊消耗。ふぅう。。