トルコのEU加盟問題

ムスリムが国民の大半を占めるトルコは、1923年の建国以来、近代化、文明化の見本としてのヨーロッパに憧れ、その一員となることを目指してきた。さまざまな西欧化改革を断行し、西欧型の国家を作り、紆余曲折を経ながら40年以上EUへの正式加盟を目指しつづけてきた。その加盟交渉の中で問題になってきたことは、政治的・経済的状況がヨーロッパ基準に達していないということであって、彼らがムスリムであることではない。
トルコでは軍部が世俗主義を率先して支えイスラームを公的に持ち込むことを監視し、組織を改革して西欧化し、ヨーロッパ入りを目指してきた。先のスレッドに書いた通り、欧州人権裁判所による裁定では、スカーフ禁止が法として抵触しないのであれば、スカーフ着用も又、人権侵害には当たらないという解釈も成り立つ。そこで世俗主義を補完する条項を改正することで、弾力的運用を図り、2008年2月に大学生のスカーフ着用を解禁した。これは、個人の権利を拡大し、信仰実践を自由化することによって、信教の自由を拡大させ、世俗主義を柔軟なものに変えて、ヨーロッパ的多文化主義に移行していこうとする現れでもあるだろう。この流れを受けて、女学生だけではなく、大統領夫人などのセレブが、公的な場でもスカーフ着用するケースが出てきた。
トルコ国内にある民族問題としては、クルド人問題がある。1500万人ものクルド系住民が暮らすトルコにとって、イラクからクルド人独立運動が波及することは、国家分裂の危機を意味する。世俗主義と国民・国土の不可分という二大原則は、憲法第四条で改正及び改正の発議さえ禁じられており、トルコ共和国という国家が存続する限り変更できない。のこる手立ては、クルド系住民の存在と権利を、何らかのかたちで法的に保障するよう解釈改憲して、弾力運用することである。こうして厳格な世俗主義単一民族主義から、多文化的な方向にトルコは変容していった。スカーフ解禁もその流れの一つに収まった。が、しかし、その結果として、中東で唯一、西欧的な民族国家を自力で勝ち取り、世俗主義国家主義という堅固な基本原則を維持してきたトルコは、崩壊の危機に陥る。
そこに油をそそいで、EU加盟に何癖を付けているのが、当のヨーロッパなのである。ここにきてトルコはヨーロッパか否かが、詮議されたのである。EUで制定した加盟国が批准すべき法の総体系『アキ・コミュノテール』id:hizzz:20081227#p4には、加盟国に格差をつける条項は存在しない。
まず、オーストリアが、トルコが加盟すると、東から流入する移民がますます増加する可能性があるとの危惧から、「特権的同盟関係」に留めようと持ちだした。経済的には関税同盟を結び、治安やテロ対策などの分野では協力するが、域内への自由移動は認めず、加盟交渉過程で候補国が与えられるはずの経済開発支援や農業支援はしないというもの。これは元々ドイツのキリスト教民主同盟/社会同盟が主張していたことで、フランスもこれに同調した。が、トルコの抗議でこれは取り下げられた。
次にフランスが、キプロス事前承認をせまる。「特権的同盟関係」に同調した次期大統領候補サルコジ内相に対抗する形で、シラク政権下メルケル首相が、キプロス共和国の承認を事前要求するという、自国政局がらみの得点稼ぎであった。サルコジの選挙公約が「トルコのEU加盟反対」だったのだ。キプロスに関してフランスは、何のアドバンテージも持っていない、まったく関係のない事柄であったのだ。
トルコとギリシャが二分していたキプロス紛争は、1983年トルコ系が北キプロス・トルコ共和国として独立宣言。1999年国連アナン総長の連邦制提案が失敗した後、2004年ギリシャ系だけがキプロス共和国として、トルコよりも先にEU加盟承認されてしまったのだ。
そしてオランダが、拡大するEU自体に警戒心を抱く。小国オランダは最大のEU拠出金を支払ってる見返りが少ないことが最大の国民の不満で、それもあって欧州憲法条約批准の国民投票を否決したのである。
そんなつれないヨーロッパの数々の疎外的な仕打ちに接して、現在のトルコでは、大いなる失望感にあふれているという。本当は、ヨーロッパと取り入れ自文化を変容してきたトルコのような存在こそが、イスラーム世界とのクッションとなり、ヨーロッパにとってイスラーム世界との懸け橋としては、欠かせない国となるであろうに。ムスリム・フォビアを煽ることは、ヨーロッパにとってなんの利益があるというのだろうか?

2004年以降のEU各国市民の反トルコ感情には根本的な矛盾がある。トルコよりも東に位置するイラクパキスタンアフガニスタンなどで、イスラーム主義勢力の台頭が地域の不安定化を招いていることにEUは深い懸念を抱いている。トルコをEUの内に取り込むことで、イスラーム圏との接点をもつことができる。イスラーム過激派を抑止するためのノウハウをトルコは蓄積している。この点が、トルコを加盟させることの戦略的意義として認識されてきた。しかし、トルコもまたイスラーム圏のなかにある。だからトルコをヨーロッパの一員にはしたくないという思いを抱くEU市民は多い。
トルコとヨーロッパでは、文化の多元性に関する方向性が正反対になってきるのである。トルコが、EUの圧力で、遅まきながら民主化と自由化をめざしたと解釈するのは単純すぎる。ヨーロッパでは圧力にさらされているイスラームが、トルコでは主導的な立場となって、自由と民主主義を求めている。それが、今後の中東・イスラーム世界と西欧との関係に、どう影響するかを注視する必要がある。

内藤正典激動のトルコ―9・11以後のイスラームとヨーロッパ

スカーフ着用をめぐる政治対立の深層─トルコ
http://ukmedia.exblog.jp/6841637/
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