オタクの表現

先に引用した東浩紀×伊藤剛対談では、オタク起源を、手仕事の日本な柳宗悦らの民芸運動にさかのぼっていたが、そうするとそのルーツであるアーツ&クラフト運動発祥の地、英国産ってことか、わおっ(笑)。
伝統的大和絵日本画)は元々「花鳥風月」で「見立て」するのが「良きもの」=「美」=「萌え」という作法でお題=コンセプトは決定しており、絵師はそれをいかに個別解体していくかに心血をそそぐのが、いかなる流儀でも王道で正統だ。
具体的に何を書けばいいかという「絵パーツ」データベースは、鎌倉時代にはその大枠はできていて、有名なものとしては『佐竹本三十六歌仙絵巻』が。そんなんに山水画大和絵諸派や唐絵の意匠をしこたまブッこんで、江戸初期に一大データベース体系を構築したのが、狩野派。『探幽縮図』と呼ばれる紛本画巻/紛本画帖シリーズ。…ま、しかし探幽以後、黙々と臨写してお勉強&再配置する「紛本主義」一辺倒な狩野派は派閥勢力維持しつつも縮小再生産な反復停滞、と。コレってなんだか似てなくないか。
そして当時の権力=幕府と結びつくことにより、「金箔障壁画」に欠かせない金箔や硫酸銅などの当時のハイテクや媒体としての城郭/殿舎の使用など、一極集中&独占する美術システムとしての完成をみる。まさに「文化=政治」な狩野派なんだけど、id:hizzz:20031120でカキコしたように、他のサブカルスノッブ総崩れな中オタクの評価upと共に、人文系のみならず文化庁も注目しだしたことだし、…ハイテクの粋と富を集めたバブリ〜なメディア&コミュニケーションアートの廉価普及版ライクに、いっちょかみ野望系にヘンシ〜ン、する???