憲法

自衛隊派兵の根拠は、無論憲法9条の拡大解釈から始まる。これ自体が無理に無理を重ねたものであるというのを、なによりも政府自身が解っていることだからこそ、改憲議論は大抵9条が問題となる。
だがしかし護憲陣営の皆様、憲法1条から8条迄は、コレでいーのか?天皇認知なまま「過去の戦争責任!」「日の丸/君が代撲滅」ってやってるから、ワケワカメなんぢゃないのか?いくら「戦争放棄!」と9条でやったトコロで、その前文で「開戦の詔」を発した天皇を国民の総意として「象徴」にしといだんぢゃあ、ナメてんのかぁ!と、侵略された国々文句つけられてもしょーがない。自分たちがおもいっきり二枚舌を使ってるってことに無頓着で、9条ダケを錦の御旗として「護憲!」を信じて疑わない。いや、9条さえ「世界」に説けば、「世界」はきっと日本のコト解ってくれるという意識は、特にかっての侵略された国々にとってはあまりにも自己都合で横暴な態度ではないかな。
戦犯としてよりも実利を取った進駐軍と「国体護持」一心の保守派&戦犯軍人達の一致団結のハテの「スキャッパニーズ・モデル SCAPanese Model」が、「戦後民主主義」の正体なんだから。そうしてみんなで「主体ハズシ」説明責任回避に奔走して、ハレて、「敗戦」を「終戦」とした。これ以降、主体は「天皇」から「米国」になったダケで、それを支えた「官僚機構」は米国の後ろ盾でぬくぬくとする。なにしろ、左派の皆様が「護憲」でガッチリ脇をガードしてくださるから、多少ハメ外して税金使い込んでも、「米国」とか「国際」とかを盾にすれば安泰だった。しかし、それはあくまでも米国と日本国の二者間事情である。んなの、第三者には、知ったこたぁナイのである。その二者間事情通政治に、社会党共産党でさえも、飲み込まれていく。ここでも又、「第三者」の入る余地はないハナシになってる。