なさねばならぬ何事も、日本主義の戦後

共通の文化と血統をもった単一人種=日本人で日本国が営まれてきたという説を「単一民族神話」という。80年代「日本は単一民族だから知的水準が高い」とブチあげ、物議をかもしだしたのは、中曽根康弘。現在ネットではこの手のことを批判するのに、戦前皇国史観だという人が少なからずいる。「単一民族神話」は戦前のものと思い込んでいる左派の人もいて、びっくり。ちょと考えてみても、「五族共和」「八紘一宇」戦前スローガンと「単一民族神話」の矛盾は明白だとおもうんだけど。上に書いたとおり誕生は戦前だが、メジャーになったのはむしろ戦後なんである。
戦後の象徴天皇制によって神聖不可侵の絶対君主制な政治主体の矛盾が無くなり、敗戦によって「日本主義」の範囲が完全に日本列島内に限定された。そのことによって、日本国の現実と「日本主義」の狭義の定義矛盾が戦前よりも薄まったのである。道場親信占領と平和―“戦後”という経験』に依ると、米軍の占領政策研究であったベネディクト『菊と刀』という纏め型は、日本人にも影響を与えた。逆輸入で闘魂注入された日本特殊論は、以後「日本文化論」というかたちをとって、その時のトレンドに合わせたさまざまな切り口での「見立て」が多発する>青木保「日本文化論」の変容―戦後日本の文化とアイデンティティー』。なかでも「明石原人」は、原人発祥の土地・日本列島人類起源説という大風呂敷ロマンは、大衆間で話題沸騰となった。
第二次世界大戦以降の政治思想トレンドとしては、帝国植民地の民族独立運動、続々と第三国が独立していく「民族自決」。50年代からの北朝鮮への帰国事業も、そのラインにささえられていた。
一方、一億総懺悔を突き付けられ「外地」を喪失し焼け野原で劣等感にさいなまれた日本人に、(悪いのは一部の旧軍部で)<本来>の日本は温暖な気候の農耕社会で自然を愛する従順な人々なので…と、ささやく無垢で無辜でピュア=本当のアタシという癒しのディスカバー・ジャパン「日本主義」は、思想の右左関係なく戦前〜戦後問題=過去自己との対峙をさけ立ち位置回復する方法論としてはまことに都合良かった。川端康成は「自分は、これからは日本古来の悲しみのなかに帰ってゆくだけだ」『哀愁』としたためた。
自国籍を与える訳でもなく基地徴用以外になんら統治民への積極策を取ろうとしない米国統治下で宙ぶらりんになった沖縄人達は、「沖縄の土地を守る闘いはすなわち『日本の国土』を『日本人』が守る闘いであるという、『日本人』としてのナショナリズムの言葉」が、初期の沖縄復帰運動を推進したという小熊英二「日本人」の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』は、日本列島内でも「革新ナショナリズム」としての「日本主義」が「米国という異民族支配のもとで日本本土と沖縄に分断された民族を統一する」という「反米愛国」の言説が作られていったとする。そしてそこでは、日の丸や君が代が「反米」や「日本復帰」、「約束された権利」などのシンボルとなり、「日本人」という言葉は「人間の尊厳」や「未来への希望」、「現状からの脱却」という情念を表象する言葉となった。「本土なみ」「日本人なみ」という物差しは、被差別部落解放運動とも相まって差別解消方法論として日本文化への同化促進となり日教組が熱心に取り組んだ。それが「反戦平和」に転換するのは、復帰後の日本本土への幻想が消えたことと激化するベトナム戦争である。
田中卯吉vs井上哲次郎「内地雑居民論争」以来、日本が弱小の地位にあるときは単一民族論で身を守り、強大になってくると混合民族論で外部のものをとりこむ往復運動にあると小熊英二は見る。

「原始」や「自然」というものは、それじだいとして存在するものではなく、いったん文明のなかに入った者が息苦しさを覚えたとき、あらためて発明する概念である。それは現在にとっての過去がそうであるように、自分のいまある境遇を解釈するための比較として産出されるものだ。文明以前の状態を自然とするなら、それはどこにでもあることで、特定の民族や国を特権化する理由はない。

中国は国が乱れ君主が暴君だったから権力政治の粉飾たる儒学が育ったのであって、日本は太古から天皇のもと平和が実現されてきたから学問や文化を発達させる必要がなかったというのは、本居宣長いらい、中国に対する文化的劣等感をおおいかくすための国学で好まれたレトリックの一つである。

ハイネやフランスをはじめ、ヨーロッパの知識人がキリスト教文明を批判するさい、しばしば対照として夢を託したのが、キリスト教以前の古代社会や、あるいは「東洋」や「南洋」だった。それらは、偽善的な形式道徳に縛られず、自然な生の力にあふれ、しかし強大な普遍文明に滅ばされる運命にある世界として描かれがちであった。
ところが、それを「東洋」の一部たる日本の知識人が読んだとき、自分たちがキリスト教や近代文明の対抗者としての使命を担っているかのような錯覚を抱きかねなかった。

ある人々を文明に遅れた非合理な野蛮人とみなすことと、文明に毒されていない神秘的な自然人とみなすこととは、一見正反対のようでいて、じつは、相手が文明人たる自分たちを肯定するための野蛮人であってほしいか、それとも批判するための自然人であってほしいかのちがいにすぎないことがある。

小熊英二単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜


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