先住民族のとその権利という規定問題

国際労働機関(ILO)は、1957年に独立国における先住民などの保護及び同化促進と生活条件や労働条件の改善などを目的とした条約を、国際機関としては初めて制定したが、これを1989年に先住民権利として改訂した。が、日本は未批准。「先住民族の定義」は以下。

第1条
1 この条約は、次のものに適用する。
(a)独立国における種族民であって、その社会的、文化的及び経済的な条件が、その国民社会の他の部門と異なり、かつその地位が全部又は一部それ自身の慣習もしくは伝統、又は特別の法律もしくは規則によって規律されている者。
(b)独立国における民族であって、服従もしくは植民地化又は現在の国境が画定されたときに、その国又は国の属する地域に居住していた住民の子孫であるために先住民族とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持している者。
3 本条約での「民族」という用語の使用は、国際法においてこの用語に付される権利に関し何らかの意味合いを持つものと解釈されてはならない。

「独立国における先住民族及び種族民に関する条約」―ILO第169号条約

1994年には、国連で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択。日本は批准。
国内では、1997年にようやっと「北海道旧土人保護法」は廃止され、アイヌ新法(アイヌ文化振興法)「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」が施行された。国土交通省北海道局、文化庁、北海道、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構社団法人北海道ウタリ協会で組織する「アイヌ文化振興等施策推進会議」は、伝統的生活空間(イオル)再生構想などの再生事業に取り組み始める。しかし政府は、この国連宣言の「先住民族」の定義と、国内の具体的な先住民設定については、一貫して特定を避けている。

衆議院議員鈴木宗男君提 出国連総会における「先住民族宣言」の採択に関する質問に対する答弁書
平成十九年九月二十五日 内閣総理大臣 安倍晋三

アイヌの人々が、アイヌ語や独自の風俗習慣を始めとする固有の文化を発展させてきた民族であり、いわゆる和人との関係において、日本列島北部周辺、取り分け北海道に先住していたことについては、歴史的事実として認識しているが、「先住民族」の定義をめぐる現状が四についてで述べたような状況(「先住民族」については、現在のところ、国際的に確立した定義がなく、宣言においても、「先住民族」の定義についての記述はないことから、我が国として宣言にいう「先住民族」に該当する民族がどの民族を指すのかについて、お答えすることは困難である。)にあり、アイヌの人々が宣言にいう「先住民族」であるか、また、宣言において述べられた権利を適用すべきかについて、お答えすることは困難である。

参議院議員紙智子君(共産党)提出 「先住民族の権利に関する国連宣言」採択を受けた政府対応に関する質問に対する答弁書
平成十九年十一月二十日 国務大臣 町村信孝

先住民族」については、現在のところ国際的に確立した定義がなく、宣言においても、「先住民族」の定義についての記述はないことから、我が国として宣言にいう「先住民族」に該当する民族がどの民族を指すのかは明らかではないと認識している。
御指摘の条約(日英米露「膃肭獸保護條約」)に「アイノ人」、「土人」といった記載があることは承知しているが、明治政府がアイヌの人々は「先住民族」であると考えていたのかに関する資料は確認されておらず、お尋ねについてお答えすることは困難である。
御指摘の報告書(政府は一九五六年、ILOの「独立国における先住民(indigenous populations)」についての質問に対し、「アイヌ民族は完全に日本国民に同化しており、言語、習慣、文化、生活状態の特殊性は存在しなくなっている。アイヌ民族は文書8(1)にいう先住民族ではない」等の理由を挙げ「アイヌ民族に関する限り先住民の保護や統合のための国際的文書は必要ない」と表明)がいかなる経緯によって作成されたのかについては、当時の報告書作成過程に関する資料が確認されておらず、お答えすることは困難であるが、政府としてはアイヌの人々が、アイヌ語や独自の風俗習慣を始めとする固有の文化を発展させてきた民族であり、いわゆる和人との関係において、日本列島北部周辺、取り分け北海道に先住していたことについては、歴史的事実として認識している。
アイヌの人々の生活水準は、北海道が実施してきた「北海道ウタリ生活実態調査」によれば、着実に向上しつつあるものの、なお一般道民との格差は是正されたとはいえない状況にあると認識しており、政府は、北海道が進めている「アイヌの人たちの生活向上に関する推進方策」が円滑に推進されるために必要な協力を行うとともに、アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(平成九年法律第五十二号)に基づき、国土交通省及び文部科学省においてアイヌ文化振興等に関する施策を推進しているところであり、政府としては、このような施策への協力又は施策の推進を着実に実施していくことが肝要と考えている。

衆議院議員逢坂誠二君(民主党)提出 国連における「先住民族宣言」に関する再質問に対する答弁書
平成十九年十月二十六日 内閣総理大臣 福田康夫

お尋ねの(「先住民族宣言」を国内先住民族に適用している国の事例を)「承知していない」とは、現時点では把握していないという意味である。政府としては、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下「宣言」という。)の採択を受け、今後、宣言に関する諸外国の動向の把握に努めていく考えである。
 「先住民族」の定義については、宣言の作成過程において長年にわたる国際連合での議論が収れんしておらず、政府としては、将来「先住民族」の定義について国際的な議論がなされる機会があれば、議論に参加していきたいと考えている。

参議院議員福島みずほ君提出 「先住民族の権利に関する国連宣言」の採択とアイヌ民族の法的地位に関する質問に対する答弁書
平成二十年一月十一日 内閣総理大臣 福田康夫

御指摘の市民的及び政治的権利に関する国際規約第四十条1(b)*1に基づく第三回政府報告においては、アイヌの人々が、独自の宗教及び言語を有し、文化の独自性を保持していること等から、同規約第二十七条にいう「少数民族」であると判断した経緯がある。
先住民族」については、現在のところ、国際的に確立した定義がなく、御指摘の「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下「宣言」という。)においても、「先住民族」の定義についての記述はないことから、アイヌの人々が宣言にいう「先住民族」であるかにつき判断することは困難である。
アイヌの人々が、アイヌ語や独自の風俗習慣を始めとする固有の文化を発展させてきた民族であり、いわゆる和人との関係において、日本列島北部周辺、取り分け北海道に先住していたことについては、歴史的事実として認識しているが、「先住民族」については、現在のところ、国際的に確立した定義がなく、宣言においても、「先住民族」の定義についての記述はないことから、アイヌの人々が宣言にいう「先住民族」であるかについては、お答えすることは困難である。
政府は、北海道が実施している「アイヌの人たちの生活向上に関する推進方策」に協力している。また、有識者懇談会において具体的施策の在り方等について総合的な検討が行われ、平成八年四月に報告書が提出され、この報告書の提言を受け、内閣が提出し、成立したアイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(平成九年法律第五十二号)に基づき、国土交通省及び文部科学省においてアイヌ文化振興等に関する施策を推進しているところであり、政府としては、このような施策への協力又は施策の推進を着実に実施していくことが肝要と考えている。

政府は、アイヌ人や先住民族の存在を否定しているのではなく限りなく認めてその対策には万全を尽くす体制で、アイヌ人は固有民族であることは承認しているが、しかし先住民族であるかないかの判断を保留し続けている。その理由は「困難」としてしか明らかにされてない。アイヌを規定できないアイヌ保護政策は、かくして廻る。

*1:国際人権規約:1966年12月国連総会採択。A規約(経済的、社会的及び文化的権利)と、B規約(市民的、政治的権利)に分かれている。http://www.mofa.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/index.html